「タイは親日国だから、日本のコスメは受け入れられやすい」——そう信じてタイ市場への参入を検討している企業は多い。確かに間違いではない。しかしバンコクの化粧品売り場を実際に見ると、日本ブランド、韓国ブランド、中国ブランドがびっしりと棚を埋めている。親日だから売れる、という時代はとっくに終わっている。
そして「タイはSNSが強いから、インフルエンサーにPRしてもらえば売れる」という発想も、2026年現在では一世代前の話になりつつある。タイ市場で今何が起きているのか。人気ブランド「Happy Sunday」の事例と私がタイ現地で実際に見聞きした相談事例から解説する。
タイでは「SNSで売れる」の意味が変わっている
インフルエンサーに紹介してもらうだけでは売れない時代になった
数年前まで、タイ市場攻略の定番はこうだった。タイ人インフルエンサーに商品を送り、SNSで紹介してもらう。フォロワーが多ければ多いほど効果が出る、という単純な図式。
この方法が機能した時代は確かにあった。今もインフルエンサー経由で売れる商品はある。ただし「紹介してもらうだけ」では足りなくなっている。今のタイ消費者は、インフルエンサーの「PR投稿」を見慣れすぎている。案件だとわかった瞬間、スクロールして終わり。単発のPR投稿で信頼を積み上げることは、以前より格段に難しくなっている。
インフルエンサー自身がブランドオーナーになる時代へ
もっと根本的な変化が起きている。タイでは今、影響力を持つクリエイターが自分自身のブランドを立ち上げ、そのファンベースを直接の顧客に変えるという動きが加速している。
「誰かのブランドを紹介する人」から「自分がブランドのオーナーになる人」へ。インフルエンサーの役割そのものが変わりつつある。日本企業が「タイのインフルエンサーにPRを依頼しよう」と考えている間に、そのインフルエンサー自身が競合になっているケースも珍しくない。
Happy Sundayが支持される理由
タイのビューティークリエイター、ไอซ์ พาดี้(ICEPADIE/ภาวิดา ชิตเดชะ)が立ち上げたライフスタイル・コスメブランド「Happy Sunday」はその典型例だ。
Disneyやピクサーとのコラボレーションを実現し、バンコクの大型商業施設にポップアップストアを展開。単なるSNS発信にとどまらず、熱狂的なファンコミュニティを持つブランドとして成長している。
支持される理由は「インフルエンサーが作ったから」ではない。ブランドとしての世界観、商品の品質、そしてファンが「自分たちのブランド」と感じられる体験設計があるからだ。
Happy Sundayの成功から見えるタイ市場の現実
Passionはスタート地点に過ぎない――創業3年赤字の教訓
2026年5月、iCreator Camp Gen 3のセッションでICEPADIEはこう語った。Happy Sunday創業後の3年間は赤字が続き、財務もビジネスの仕組みも、すべてゼロから実践で学んだと。
「Passionだけではビジネスは続かない」——これはタイのトップクリエイターが自分のブランドで身をもって証明した話だ。ファンがいて、SNSのフォロワーがいて、知名度がある状態からスタートしても、3年赤字になる。それがタイ市場でブランドを育てるということの現実だ。
日本から「うちの商品は品質が高いから売れるはず」と参入する企業が、同じ落とし穴にはまらないという保証はどこにもない。
タイのローカルブランドはSNSだけで勝負していない
Happy Sundayが実際にやっていることを見ると、SNS投稿はあくまで一部に過ぎない。ポップアップストアによるリアル体験の提供、Disney・Zootopiaなどグローバルブランドとのコラボレーション、ファンが集まるイベント設計——これらが組み合わさって初めて、ブランドとしての力が生まれている。
タイのローカルブランドはSNSを「集客の入口」として使いながら、実店舗・イベント・コラボという複数の接点でファンとの関係を深めている。SNS一本で戦っているわけではない。
Happy Sundayの事例から見えてくるのは、タイ市場では「良い商品を作れば売れる」わけでも、「SNSフォロワーが多ければ売れる」わけでもないということだ。ブランド構築には時間も資金も必要であり、現地企業ですら数年単位で投資を続けている。日本企業が参入する際も、「まず売れるか試してみよう」という感覚ではなく、中長期で市場を育てる視点が求められる。
なぜ日本企業は「SNSで売れる」と思い込むのか
展示会に出れば売れるという誤解
BITECやインパクトで開催される食品・化粧品系の展示会に出展し、現地バイヤーと名刺交換をする。「タイ進出の第一歩」としてよく聞く話だ。
しかし展示会で出会ったバイヤーとの商談が、そのまま販売につながることはほとんどない。バイヤー側にとって展示会は情報収集の場であり、即決の場ではない。展示会後のフォローアップ、サンプル提供、価格交渉、そして先方の社内承認プロセス——ここに現地の実務感覚がなければ、商談は自然消滅する。
FDAを取得すれば売れるという誤解
タイで化粧品を販売するには、タイFDA(食品医薬品局)への届出・登録が必要だ。これは事実。しかしFDA取得はあくまで「販売できる状態になった」というスタートラインであり、売れる理由にはならない。
FDA取得済みなのに販路がない、という状態の企業から相談を受けることがある。取得に数ヶ月・数十万円をかけた後、「で、どこで売るんですか」という問いに答えられない。FDA取得を目標にしてしまい、その先の設計をしていないケースだ。実際、私がお断りした相談案件は2件ともFDA取得済みだった。それでも売れていない。
代理店を見つければ売れるという誤解
「信頼できるタイの代理店さえ見つかれば、あとはお任せできる」——この発想が一番危ない。
代理店はあくまで販売チャネルの一つであり、ブランドの育成や市場開拓を丸ごと引き受けてくれる存在ではない。特に日本から遠隔でコントロールしようとすると、代理店側のモチベーションや優先順位が把握できないまま、いつの間にかプロジェクトが止まっている。
実際にあった相談事例から見える失敗パターン
日本で売れた強みがタイでは評価されなかったケース
あるコスメ系メーカーから相談を受けたことがある。紹介元は銀行だった。「銀行が間に入ってくれているから、そのつてで販路が開けるはず」という期待を持って話が来た。
この時点で、すでに一つ目のズレがある。銀行は融資や紹介はできても、販売の仕組みは作れない。製造メーカーがタイで直接販売するには、現地の代理店やディストリビューターが必要だ。「銀行の紹介=販路」ではない。しかし日本側にその認識はなかった。
商品そのものにも問題があった。「日本製」「天然水使用」「素材へのこだわり」を前面に出したスキンケアラインで、価格帯は相応に高い。日本側はこれを強みだと考えていた。しかしタイの消費者は、その価値に追加で数百バーツを払うだろうか。少なくとも私は難しいと感じた。
バンコクのコスメ売り場を見ると、美白、UVケア、トーンアップ、アンチエイジングといったベネフィット訴求が棚に並んでいる。「天然水だから良い」という説明は、日本人には響いてもタイ人には伝わらない。タイのコスメ市場において美白・トーンアップ訴求は外せない軸であり、それがない商品が同価格帯の韓国・欧米ブランドと戦うのは、正直かなり厳しい。
価格・訴求・販路——3つ全部がズレていた。「日本で売れた理由」がそのまま「タイで売れる理由」にはならない、という典型的なケースだった。
ベトナムの成功体験をタイに持ち込んだケース
もう一件は、代理店経由の相談だった。その代理店はベトナムでの販売実績を持っており、「ベトナムでうまくいったから、タイでも同じやり方で」という前提で話が来た。
話を聞いていくうちに、頭の中で「これは動かない」という絵が見えてきた。まずタイ現地にすでに別の業者が関わっており、ECサイトの構築やサンプル発送まで進んでいた。途中から私が入る形になるのだが、その別業者との役割分担は曖昧なままだった。
さらに「日本在住のタイ人KOLを探してほしい」と言われた。タイに向けて売りたいなら、なぜタイ国内のKOLではないのか。おそらくベトナムで使ったやり方を再現しようとしたのだろうが、タイ市場の消費者に届く導線としては機能しない。
そして商品が売れた場合に誰が発送するのか、最後まで決まらなかった。現地業者なのか、代理店なのか、私なのか。関係者が増えれば増えるほど、何かあったときに誰も責任を取らない構造になる。これはトラブルの予約だ。
この案件はお断りした。「売れたとしても、続けられない仕組み」を一緒に動かすことはできない。
なぜプロジェクトは途中で止まるのか
上記2件に共通するのは、「売る仕組み」を設計する前に動き出していたことだ。おそらく読者の中にも、似たような状況にある方がいるのではないかと思う。商品はある。FDA取得も済んでいる。熱意もある。しかし「誰に、どのチャネルで、いくらで、誰が在庫を持って、誰が配送して、クレームはどこが受けるのか」——この設計がないまま走り始めると、最初の障壁でプロジェクトが止まる。
タイの現地業者や代理店は、日本の本社が思っているほど丁寧にフォローしてくれない。メールへの返信が遅くなり、進捗報告がなくなり、気づいたら半年が経っている。「まだ動いているのか、止まっているのかもわからない」という状態に陥るのは、珍しい話ではない。
タイ進出で本当に必要なのは「売る仕組み」の設計である
SNSは販路ではなく集客手段
TikTok、Instagram、LINE OA——タイで有効なSNSチャネルは存在する。しかしSNSはあくまで「知ってもらう」ための手段であり、「買ってもらう」仕組みとは別の話だ。
SNSで認知を取った後、消費者はどこで買うのか。ドラッグストアか、百貨店か、オンラインモールか、自社ECか。その導線が設計されていなければ、SNSでバズっても売上にはつながらない。
販売チャネルを先に決める
タイの化粧品・雑貨の主な販売チャネルは、Watsons・Bootsなどのドラッグストアチェーン、セントラル・サイアムパラゴンなどの百貨店、Lazada・Shopeeなどのオンラインモール、そして自社ブランドのオンライン販売だ。
それぞれ求められる価格帯、マージン構造、販促の負担が異なる。どのチャネルで売るかを決めてから、FDA登録、パッケージング、価格設定、プロモーション計画を組み立てるのが正しい順序だ。逆から始めると、後から全部やり直しになる。
タイ進出は現地実務まで設計して初めて成功する
市場調査をして、FDAを取得して、代理店を見つけて——この3ステップで終わりだと思っている企業は多い。しかしその先に、現地での価格交渉、棚獲得、販促活動、クレーム対応という実務が続く。
この部分を「現地任せ」にした瞬間、プロジェクトはコントロールを失う。タイの商習慣、交渉の進め方、業者の見極め方——これは現地にいて、実際に動いている人間でなければわからない。
タイ市場進出を検討している企業様へ
タイ市場調査から販路開拓まで一気通貫で支援
WITHTHAIは、タイ現地在住18年・大手商社タイ支店での実務経験を持つ長谷川舞美が運営する、タイビジネス支援サービスだ。市場調査だけ、FDA登録だけ、という部分支援ではなく、「どのチャネルで誰に売るか」という販路設計から現地実務の実行まで、一気通貫で関わることができる。
FDA取得や代理店探しだけでは成功しない理由
これまで見てきた通り、FDA取得も代理店契約も、それだけでは売上にはつながらない。必要なのはその先の「売る仕組み」の設計と、現地での継続的な実行だ。日本から遠隔でコントロールしようとしても、タイの現場では想定外のことが起きる。その場で判断し、動ける人間が現地にいるかどうかが、プロジェクトの生死を分ける。
WITHTHAIが支援できること
私は「タイで売れそうにない商品でも、とりあえず進出しましょう」とは言いません。実際にご相談いただいた案件でも、お断りしたケースがあります。タイ市場では時間もコストもかかります。だからこそ、進出前の段階で市場性や販路の現実を見極めることが重要です。
「タイで自社商品を販売したいが、何から始めればいいかわからない」「代理店と話が進まず、プロジェクトが止まっている」「FDAは取得済みだが、販路がない」——こうした状況にある企業のご相談をお受けしています。タイ市場の現実を忖度なしでお伝えした上で、貴社の商品がタイで本当に勝負できるかどうかを一緒に考えます。

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