2026年1月、ジェトロが発表したひとつの数字が、タイの日本食業界関係者の間でちょっとしたざわつきを生みました。
タイの日本食レストラン数が、前年から135店舗減って5,781店舗になった。率にして2.2%減。この調査が始まった2007年以来、初めての減少です。
「ついに日本食も飽きられたか」と見る人もいるでしょう。でも私は、22年前にタイへ来て、この市場の立ち上がりから今までをずっと現場で見てきた人間として、ちょっと違う見方をしています。
これは「日本食が終わった」話ではありません。「タイ市場が大人になった」話です。そしてこの変化、飲食店だけの話では終わりません。
この記事では、22年間タイ市場を見てきた経験とJETROの最新データをもとに、なぜ日本ブランドでも苦戦するのか、そしてこれから企業が何を設計すべきなのかを解説します。
参考資料
- JETRO「2025年度タイ国日本食レストラン調査」(2026年1月20日公表)https://www.jetro.go.jp/ext_images/thailand/food/2025survey/japaneserestaurantsurvey2025jp.pdf?utm_source=chatgpt.com
【タイ進出の歴史】2004年当時、日系レストランは「珍しい存在」だった
日本食店は駐在員が始めた個人店が中心だった
2004年当時のバンコクで日本食を探そうと思うと、選択肢はそう多くありませんでした。今の若い担当者の方には想像しにくいと思いますが、当時の日本食店の多くは、脱サラした元駐在員が「タイが好きだから」という理由で小さく始めた個人店でした。マーケティングも市場調査もなく、オーナーの人柄と口コミだけで細々と回っている店がほとんどです。
大戸屋は「安心して食べられる店」だった
そんな中で大戸屋のようなチェーンが出てくると、駐在員にとっては「間違いのない店」でした。味の再現性、衛生管理、メニューの分かりやすさ。今では当たり前のことが当時は「ちゃんとした日本食が食べられる」という安心材料そのものだったんです。
日本ブランドでも期待外れのラーメンは珍しくなかった
正直に言うと、「日本」の看板を掲げていれば味は二の次、という店も少なくありませんでした。麺はぬるい、スープは薄い、それでも「日本のラーメンだから」という理由だけで席は埋まっていた。ブランドの中身より、ブランドという記号そのものに価値があった時代です。今でも覚えているのですが、昔、エンポリに入っていた日本のラーメン屋さん。食べたら、ぬるいし、まずく、価格も高かったことを今でもよく覚えています。
今では地方都市でも日本食が当たり前になった
ウドンタニーで大戸屋を見つけて感じた市場の変化
数年前、東北部のウドンタニーに行った時、街中に大戸屋の看板を見つけて、正直驚きました。バンコクから離れた地方都市でも、日本食チェーンが普通に商圏として成立している。これはもう「日本食が物珍しい」段階ではなく、生活の選択肢のひとつとして定着した証拠です。22年前の私なら、地方都市で大戸屋を見る日が来るとは想像もしていませんでした。
JETRO調査で初めて店舗数が減少した意味
その定着の先に、今回の数字があります。2025年の日本食レストランは5,781店舗、前年から135店舗減。バンコク、バンコク近郊5県、その他の地方、すべてのエリアで前年より減少しました。業態別に見ると、増えたのはラーメンと喫茶のみ。焼肉は9.0%減と、特に厳しい結果になっています。
「人気がなくなった」のではなく「成熟した」
ここが一番大事なところです。私が現地企業や日本企業と仕事をする中で感じるのは、タイの消費者の日本食に対する知識と経験値は、この十数年でかなり上がりました。「日本食であること」自体では、もう差別化になりません。産地、品質、ストーリーを見て選ぶ層が増えている。つまり店舗数の減少は、需要が消えたのではなく、消費者の目が肥えて、生き残れる店とそうでない店がはっきり分かれ始めた結果なんです。
「日本食なら儲かる」という時代も確かにあった
日本食屋詐欺が横行した時代
今の経営者の方はご存じないかもしれませんが、一時期「日本食店をタイで開けば儲かる」という話に乗じて、実態のないコンサルやフランチャイズ話が横行した時期がありました。看板だけ日本語、中身はタイ資本、というような案件もめずらしくなかった。
「出せば売れる」と言われた視察ツアー
日本から視察ツアーでタイに来て、賑わう日本食店を見て「これなら自分たちもいける」と判断し、市場調査もそこそこに出店を決める。そもそも飲食店経験のないド素人が出店を決めていました。それでも当時はある程度戦えました。市場自体がまだ空いていたからです。
日本ブランドというだけで期待された時代
「日本製」「日本ブランド」という看板だけで、値段が多少高くても選んでもらえた。それが2004年から数年間の空気でした。今この話をすると「そんな時代があったんですか」と驚かれますが、実際に、そういう時代がありました。
そしてこの成功体験を引きずったまま2026年のタイに来ると、痛い目を見ます。
なぜ日本ブランドでもタイ市場で苦戦するのか
高価格でも選ばれるブランド体験とは
例えば、実際にタイへ進出した京都の老舗抹茶ブランドを見ていると、「商品力」と「ブランド体験」は別物だと感じます。
抹茶人気そのものは今も続いています。それにもかかわらず、高価格帯で長く支持されるのは簡単ではありません。
私が店舗やSNSを見て感じたのは、「価格に見合う特別感」が十分に伝わっていないことでした。
店づくりは比較的カジュアルでSNSも商品の紹介が中心。京都の老舗としての歴史や世界観、お客様が「この価格でもここへ来たい」と思えるストーリーが十分に表現されていたとは感じませんでした。
タイでは、商品だけではなく「そのブランドで体験する時間」まで含めて価値になります。だからこそ、価格だけプレミアムでも、体験がプレミアムでなければ選ばれ続けるのは難しくなります。
商品力だけでは勝てない時代
もうひとつ例を挙げると、名古屋の老舗みそかつ店がタイに出店したとして、味噌カツそのものの完成度が高くても、それだけでは勝てません。「誰が、どこで、どれくらいの頻度で食べるのか」という需要の設計がないまま出店すると、いくら味が本格的でも席は埋まりません。
業態によって市場規模は大きく違う
先ほどのJETROデータで、焼肉が9.0%減と厳しい一方、ラーメンと喫茶は伸びていました。同じ「日本食」でも、原価構造も客単価も、狙うべき客層もまったく違います。ジャンルを一括りにして「日本食は強い」と考えること自体が、もう危険な時代に入っています。
市場を「広く」見るのではなく「狭く」設計する
ここから先は、あくまで「もし私だったら」という仮説です。実在のどこかの店の経営判断を評価する話ではなく、私が商社時代とタイでの実務経験から考える、ひとつの設計の型としてお読みください。
バンコクだけがタイ市場ではない
日本食店の出店先というと、多くの企業がまずバンコクの一等地を思い浮かべます。でもバンコクはすでに一番競争が激しいレッドオーシャンです。最初からそこで勝負する必要はありません。
304工業団地・プラチンブリという選択肢
例えば、バンコクから離れたプラチンブリ県の304工業団地周辺には、自動車関連企業が数多く集積しています。
トヨタグループやアイシンをはじめ、日本企業も多く進出しており、日本人駐在員が生活している地域でもあります。
もし私が地域色の強い飲食ブランドのタイ進出を相談されたら、最初からバンコク中心部で勝負するより、このような地域から始めることを検討します。
実際、現地の駐在員から「そんな店があれば本当にうれしい」という声を聞いたことがあります。
タイ市場は7,000万人ですが、最初から7,000万人を相手にする必要はありません。
まずは「誰が最初のお客様になるのか」を設計する。その積み重ねが、結果としてタイ人のお客様へ広がっていくと私は考えています。
最初の顧客を設計してから市場を広げる
味への評価は駐在員コミュニティの口コミで固まりやすく、そこからタイ人客へと広がっていく流れも作りやすい。最初から不特定多数を狙うのではなく、「誰が最初の常連になるのか」を決めてから店を作る。これが、闇雲な出店との一番の違いだと思っています。
この話は飲食店だけでは終わらない
化粧品も食品も雑貨も同じ
ここまで日本食の話をしてきましたが、実はこの構造、飲食業界だけの話ではありません。私がここ数年見てきた化粧品や食品、日用雑貨の案件でも、まったく同じことが起きています。「日本製だから」という理由だけで選ばれる時代は終わり、タイの消費者は成分、価格、使用体験、SNSでの見え方まで細かく比較して選ぶようになりました。
「日本ブランドだから売れる」は終わった
ボディソープ市場でタイの現地ブランドが日本ブランドを逆転した現象も、根っこは今回の日本食レストランの話とまったく同じです。「日本」という記号の価値が薄れ、中身と体験の設計で勝負する時代に完全に移行しています。
市場調査から市場設計へ
市場調査だけをして「タイは人口7,000万人、中間層が増えている」というレポートを作っても、それは出店の答えにはなりません。今必要なのは、誰に、どこで、どういう体験を、いくらで届けるのかという「設計」です。
タイ進出で必要なのは「進出支援」ではなく「市場設計」
22年前のタイでは、「日本ブランド」というだけで選ばれる時代がありました。
しかし2026年のタイは違います。
日本食は全国どこでも食べられ、日本ブランドも珍しい存在ではありません。
だから今、企業に求められるのは「タイへ進出すること」ではなく、「タイ市場で誰に、どこで、どのような価値を届けるのか」を設計することです。
私は22年間タイ市場を見てきました。
成功する企業にも、撤退する企業にも出会ってきました。
その違いは、商品力だけではありません。
市場を理解し、最初のお客様を明確にし、現地に合わせた設計ができていたか。
その差が、数年後の結果につながっているケースを数多く見てきました。
タイ市場は難しくなったのではありません。
成熟しただけです。
だからこそ、思い付きで進出する時代は終わりました。
設計する企業だけが、長く残れる市場になった。
それが、22年間タイ市場を見続けてきた私の結論です。
WITHTHAIでは、市場調査レポートを作ること自体を目的にはしていません。
御社の商品やサービスが、タイ市場の誰に、どこで、どのように選ばれるのか。その「勝てる形」を一緒に設計することが目的です。
市場調査から販路設計、現地パートナー選定、営業まで一貫して伴走します。
「自社の商品はタイで本当に通用するのか。」
その答えを、一緒に設計するところから始めませんか。

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