「タイで化粧品を売りたい」「ボディケアブランドをタイで展開したい」というご相談を、私のところには定期的にいただきます。ありがたいことなのですが、何件かはお断りしてきました。理由はだいたい同じです。日本の希望小売価格が高いまま、ニーズ調査もないままタイに持ち込もうとされているケースが多いからです。
その話に入る前に、ひとつ質問させてください。
タイのボディソープ市場で、シェアNo.1のブランドはどこかご存じでしょうか?
ユニリーバの「Dove」でしょうか。ジョンソン・エンド・ジョンソンでしょうか。それともタイのローカルブランドでしょうか。
正解は——「植物物語(Shokubutsu Monogatari/โชกุบุสซึ โมโนกาตาริ)」です。日本企業ライオンの、タイ法人が展開しているブランドです。
ところが、これを日本で知っている方は今ではあまり多くありません。植物物語は1992年にライオンが日本で発売したブランドですが、2021年に日本での一般販売を終了。一方、東南アジア市場では販売を続け、タイでは今もボディソープ市場のトップです。
この事実は、タイ市場に進出したい日本企業にとって、ものすごく重要な示唆を含んでいます。
「日本企業はタイで勝っている。だから自社も日本ブランドを持ち込めば勝てるはず」——そう考えて入ってくる中小企業が、次々と消えていく。その理由が、植物物語の構造を読み解くと見えてきます。
97億バーツ市場の中身——プレミアム帯は20%成長、マス帯は2-3%成長
まず、タイのボディソープ市場のサイズを押さえておきます。2026年6月にライオン(タイランド)の社長プラサート・スラタナメーターグン氏が発表した数字を、タイのビジネス誌『Marketeer Online』が報じています。ベースはニールセンIQと業界主要企業による予測です。
市場規模の推移(タイ国内ボディソープ市場)
| 年 | 市場規模(バーツ) | 前年比成長率の参考 |
|---|---|---|
| 2022年 | 73億バーツ | — |
| 2023年 | 83.94億バーツ | +約15% |
| 2024年 | 90.66億バーツ | +約8% |
| 2025年 | 97.91億バーツ | +約8% |
3年で約34%の伸び。タイの実質GDP成長率が年2〜3%で推移している環境のなかで、この伸びは異常です。なぜ伸びているかというと、消費者がプレミアム帯にシフトしているからです。
同じ発表から、もうひとつ重要な数字が出ています。
- プレミアム帯:年20%超の成長
- マス帯(低価格帯):年2-3%の成長
つまり、タイのボディソープ市場全体が膨らんでいるのではなく、プレミアム帯だけが急成長してマス帯を引っ張り上げている構造です。「タイ人は安いものしか買わない」と書いてある日本語のタイ市場入門記事を、まだ見かけることがあります。でも実態は、安いものを買う人は今でもいるけれど、お金をかける人が確実に増えているということです。
セグメント別のシェア(2025年)
| セグメント | 市場シェア |
|---|---|
| Beauty(美容訴求) | 55% |
| Healthy & Anti-Bacteria(殺菌・抗菌訴求) | 15% |
| Baby Care(赤ちゃん向け) | 10% |
| Hand Wash(手洗い) | 10% |
| Men’s Grooming(男性向け) | 10% |
Beautyセグメントが55%。タイ人がボディソープに求めている価値の中心は、「香り」「肌触り」「使ったあとの気分」だということが、市場構成比にそのまま出ています。「無添加」「弱酸性」「皮膚科医監修」のような機能・安心訴求にも、タイ国内で一定の需要はあります。ただ市場全体で見ると、Beautyの55%という主戦場で勝負しようとするときに、感覚価値(香り・感触・気分)の設計を抜きにすると、いちばん大きいパイを最初から外して入っていくことになります。
流通チャネル構成
| チャネル | シェア |
|---|---|
| モダントレード(Big C、Lotus’s、7-Eleven、Tops、Watsonsなど) | 65% |
| 個人商店・伝統チャネル | 35% |
市場の3分の2はモダントレードです。タイのリテール市場は、CPグループ(7-Eleven、Lotus’s、Makro)、TCC/BJCグループ(Big C)、Central Retail(Tops、Watsons、Tops Daily)など、少数の大手企業グループが主要チャネルを押さえている構造になっています。これらの棚を取るには、商品力だけでなく、商流、現地での信用、販促予算、棚出し交渉、リスティングフィー、欠品ペナルティ対応など、知らないと進められない実務がいくつも並びます。
タイのボディソープ売上トップは、日本企業のブランドです。でも単純な話ではありません
では、植物物語のシェアの話に戻ります。
Beautyセグメント(市場の55%)で、植物物語のシェアは27〜29%。圧倒的なトップで、2位ブランドとの差は約3%。トップを守りながらリードもしている、強烈なポジションです。
同じくライオン(タイランド)が展開するKirei Kireiは、手洗いソープ市場でシェア約70%。タイで手洗いソープを買うと7割の確率でKirei Kireiが当たる計算になります。さらにKirei Kireiは2年前にボディソープ市場にも参入し、わずか2年でシェア10%を獲得しました。植物物語とKirei Kireiの2ブランドだけで、タイのパーソナルケアの相当部分を押さえている状態です。
「日本企業すごい」と言いたくなる数字です。実際、植物物語もKirei Kireiも、日本のライオン株式会社が技術と原料を提供しています。植物物語の主要原料には、四国産のゆず、銀杏の葉、椿の花の油など、日本原産の素材が多く使われています(cosmenet.in.thほかタイのコスメポータル各種より)。
でも、ここで止まると間違えます。「日本本社が単独で勝った」のではないのがポイントです。
ライオン(タイランド)は、サハグループとの合弁企業です
ライオン(タイランド)は、1967年にタイの財閥サハ・パタナピブン社と日本のライオン油脂㈱の合弁会社として設立されました(実際の操業開始は1969年3月5日)。1966年に先行して設立された「ライオン歯磨(タイランド)」と1980年に統合され、現在の「Lion Corporation (Thailand) Limited」となっています。
サハグループは、タイ最大の消費財コングロマリットです。グループ会社は約300社、うち約半数が日本企業との合弁事業で構成されています。タイの消費財市場での流通網と地元での信用、製造インフラを長年積み上げてきた企業群です。
植物物語もKirei Kireiも、このサハグループとの合弁ネットワークの上に乗っかって流通しています。製品はチョンブリ県シーラチャーのサハ工業団地内で製造され、Big CやLotus’s、7-Elevenの棚に並ぶまでの道筋が、最初から組み込まれている。日本本社のブランド力だけでこの位置を獲ったわけではありません。タイの財閥と59年組み続けた結果として、今の市場シェアがある。
ここを見ずに、「日本のライオンが頑張ったから売れている」と読むと、間違ったロールモデルを参考にすることになります。
中小日本企業がタイで化粧品・ボディケアを売るときに踏む、3つの落とし穴
ここからは、私が実際に相談を受けて、お断りしてきた案件で見てきた共通パターンを書きます。タイで化粧品やパーソナルケアを売りたい、という日本の中小企業さんが、ほぼ確実に踏む落とし穴です。
落とし穴1:日本の希望小売価格をそのままタイに持ち込もうとする
これがいちばん多いです。日本円ベースで、たとえばボディソープを1本1,500円で売っている会社さんが、「タイでも同じくらいで売りたい」とおっしゃる。気持ちは分かります。日本でその価格が成立しているのだから、品質に自信もある。
でも、タイで店頭に並ぶまでのコスト構造を分解してみてください。
- 国際輸送費(海上または航空)
- タイ輸入関税(化粧品はカテゴリーによるが数%〜)
- VAT(7%)
- タイFDA登録費用と維持費
- 輸入代理店マージン
- 流通代理店マージン
- 小売店マージン(モダントレードは25-40%)
これらを足していくと、日本の希望小売価格に対して店頭価格は1.8倍〜2.5倍になることが珍しくありません。1本1,500円が3,000〜3,800円相当の価格帯に飛ぶわけです。
その価格帯には、すでに植物物語もKirei Kireiもいます。ユニリーバの「Dove」もコルゲートも、L’Oréalのブランドもいます。タイ人消費者の目線で見ると、こうなります。
「同じ値段なら、家族みんなが知ってる植物物語かDoveを買う」
残念ですが、日本ブランドだから、というだけの理由で価格差を埋められるほどタイ市場は甘くありません。植物物語自体が日本原料を使った日本企業のブランドとして既に存在しているからです。
落とし穴2:ニーズ調査をしないまま、日本市場向けの訴求でタイに入る
持ち込まれる商品の訴求文を見ると、「無添加」「弱酸性」「敏感肌対応」「皮膚科医監修」が並んでいることが多いです。日本市場ではこれが効くのは事実です。タイでも、Healthセグメント(市場の15%)を狙うならアリです。
でも、市場の55%を占めるBeautyセグメントを狙うのであれば、その訴求はほぼ届きません。タイ人がBeauty系のボディソープに払っている動機は、繰り返しになりますが「いい香り」「肌の感触」「使ったあとの気分の上がり方」です。
植物物語の店頭プロモーションを見ると、「ホッカイドウミルク」「桜エキス」「ラベンダー」「ゆず」など、香りや感覚を前面に出した訴求になっています。日本産原料を使っているにもかかわらず、訴求の言葉は「日本品質」ではなく「香り」「感触」「気分」です。これは偶然ではなく、タイ人の購買動機を踏まえた設計です。
日本の本社が、現地でどんな言葉が刺さるかを調べないまま「うちの商品は無添加で安心です」というメッセージで入ってくると、せっかくの商品が誰にも見つからないまま棚から消えます。
落とし穴3:流通の65%を占めるモダントレードに、自社単独で挑もうとする
Big C、Lotus’s、Tops、Watsons、7-Elevenの棚を取るには、それぞれのバイヤーに対する商談、サンプリング、価格交渉、棚出しのタイミング設計、プロモーション予算の用意、リスティングフィー、欠品時のペナルティ対応など、知らないと進められないやり取りがいくつもあります。タイ語が必須、現地法人または現地のディストリビューターが必須、商流上の信用が必須です。
日本から越境で1本1本売るのと、モダントレードの棚に乗せるのは、まったく別のビジネスです。「タイでも売りたい」と言いながら、ここの実務を誰がやるのか決まっていない状態でご相談に来られると、私としても「現状ではお手伝いできることがありません」と申し上げるしかなくなります。
タイで化粧品・パーソナルケアを売り始める前に、自社で確認してほしいこと
ここまで読んでいただいて、タイ市場が単純に「日本ブランド力で勝てる場所」ではないことは伝わったと思います。一方で、市場は確実に伸びていて、プレミアム帯は年20%成長です。中小日本企業にとってチャンスがないわけではありません。
進出を本気で検討するなら、自社で次の問いに答えられる状態を作ってから動き出してください。
- 自社の希望小売価格はタイの店頭でいくらになるか、コスト構造を分解した試算ができているか
- その価格帯に、すでにどのブランドが並んでいるか(植物物語、Dove、Doveの下位ライン、ローカルプレミアムなど)を理解しているか
- 商品の訴求はBeautyかHealthか、どちらのセグメントを狙うのか、決まっているか
- タイ人の言葉で、どんなメッセージで売るのか、タイ語のコピーまで落とし込めるか
- タイFDA(化粧品登録)の手続きを誰が担当するのか
- モダントレードの棚を取りに行くのか、Watsonsなどスペシャリティに絞るのか、それともECに振るのか、チャネル戦略があるか
- 現地パートナー(ディストリビューター、現地法人、合弁先)の選定基準を持っているか
これらを社内だけで詰められる企業さんは、自走されてください。応援しています。
もし、ひとつでも「ここは分からない」「現地で実態を確認したい」「相談相手が必要」と感じる項目があるようでしたら、WITHTHAIにご相談ください。私はタイ在住18年で、大手商社のタイ支店で13年間、化学品・食品・東南アジア向けの貿易と現地営業を担当してきました。タイ法人を持っていますので、現地での市場調査、競合調査、販売チャネルの検討、タイFDA登録に向けた実務整理、現地パートナー候補の選定、タイ語での販売訴求の組み立て、SNS運用まで、進出フェーズに応じて伴走できます。
「植物物語が59年かけて作ったポジション」と同じ規模を、中小企業がいきなり狙う必要はありません。でも、その構造を理解したうえで自社の戦い方を設計することはできます。そこの土台作りを、私はお手伝いできます。
タイ進出の最初の判断にお迷いの段階でも構いません。
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本記事のデータ出典:
・タイのボディソープ市場規模・セグメント比率:Marketeer Online報道(2026年6月29日付)、ニールセンIQおよび業界主要企業による予測ベース、ライオン(タイランド)代表取締役プラサート・スラタナメーターグン氏発表
・ライオン(タイランド)社史:Lion Corporation (Thailand) Limited 公式企業情報
・サハグループ概要:Nikkei Asia「My Personal History: Boonsithi Chokwatana」シリーズ(2021年)
・植物物語ブランド情報:Lion Corporation各種公式情報、cosmenet.in.th
・Kirei Kireiブランド情報:Lion Corporation公式、Happi誌
・タイのモダントレード構造:Krungsri Research「Industry Outlook Modern Trade 2024-2026」、Mordor Intelligence

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