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【2026年タイ市場の深層】「価格」に逃げる日系企業は淘汰される。18年のB2Bマーケッターが見た、自動車市場「K字型分断」の正体

2026年3月、バンコク国際モーターショー(BIMS 2026)が閉幕しました。
総予約台数132,951台。前年比71.8%増。BYDが初めてトヨタを抜いて予約数1位。日本のメディアはこぞって「タイEVシフト加速」「日本車の危機」と報じました。
でも、ちょっと待ってください。
私はこの数字を見たとき、興奮よりも先に「この予約、何台成約するんだろう」という疑問が浮かびました。
18年間、タイの現場で商売をしてきた人間の反射的な反応です。
そして、その疑問こそが今のタイ市場を理解するための入り口になります。

トヨタが抜かれた!?予約数1位のBYDと躍り出る中国メーカー

タイの自動車市場はこれまで、トヨタ・ホンダ・いすゞといった日本メーカーが長年にわたって上位を独占してきました。トヨタはモーターショーの予約数で毎年1位を維持し続け、「タイ=日本車の牙城」というイメージは業界の常識でした。それが2026年、初めて崩れました。BYDがトヨタを抜いて予約数1位。しかも上位10ブランドのうち8つが中国メーカーという結果です。

予約と成約の間にある「審査の壁」

BYD予約17,354台、トヨタ予約15,750台。この数字は本物です。ただし、BYDの数字には注釈があります。BYDは全国の予約を合算した数字を使っており、他社は会場内の予約のみをカウントしています。同じ土俵の数字ではありません。
それ以上に重要なのが、予約した人が実際に車を買えるかどうかです。
タイのオートローン審査は、ここ数年で激変しています。2024年の時点で、オートローンの否決率は30〜70%に達したとされています(タイ工業連盟自動車産業クラブ、Bangkok Post報道)。10人がモーターショーで興奮して予約書にサインしても、そのうち3〜7人は銀行審査で弾かれます。

なぜここまで厳しくなったのか。タイの家計債務がGDP比80〜90%という異常水準に達しており、銀行が「貸せない」状態になっているからです。KResearch(カシコン銀行系シンクタンク)は、タイの与信総額が3年連続で縮小すると予測しています。

つまりモーターショーの予約数は「タイ人の欲しい気持ちの総量」であって、「実需」ではありません。

日本企業が陥る「数字信仰」の罠

この構造を理解していない日本企業が、よくやる失敗があります。

「タイでEVが売れている」→「うちのEV関連部品・素材・設備を売りに行こう」→「現地バイヤーにアポを取る」→「商談で興味を持ってもらえた」→「なぜか受注にならない」。

興味と購買は別物です。バイヤーが「いいですね」と言うのは、タイのビジネス文化における社交辞令であることも多いです。そして実際の調達決定は、目の前の担当者ではなく、別の人間が握っていることが大半です。

私が商社時代に叩き込まれたのは「予約数や来場者数を見るな、キャッシュフローと審査通過率を見ろ」ということでした。この視点が、日本からやってくる担当者には決定的に欠けています。

中間層はBYDへ、富裕層はベンツ・BMWへ──2026年タイ自動車市場「K字型分断」の実態

ガソリン価格急騰が引き金を引いた

2026年3月26日、タイ政府は燃料補助を削減し、全油種を一律1リットルあたり6バーツ(プレミアム系は8バーツ)引き上げました。4月2日にはさらにディーゼルが3.5バーツ、ガソリン系が1.2バーツ追加値上げ。中東情勢の悪化による原油高が直撃した形です。

この燃料ショックが、タイの自動車市場のK字型分断を一気に加速させました。

サラリーマン層:車体もランニングコストも安いBYDへ

月収3〜5万バーツのサラリーマン層にとって、ガソリン代の急騰は家計への直撃弾です。Grabドライバー、中小企業の会社員、自営業者。この層が向かったのがBYDをはじめとする中国製EVでした。

理由は二つです。車体価格が安い。そして走行コストも安い。感情ではなく、生活防衛のための合理的選択です。

私がバンコクで日常的に乗るGrabでも、BYDやOmodaといった中国EVの遭遇率が明らかに上がっています。内装が想像以上に豪華です。シートの質感、ディスプレイの大きさ、静粛性。「中国車=安っぽい」というイメージは、少なくともタイの街中では完全に過去の話になっています。

ただし繰り返しますが、「向かった」のと「買えた」のは別の話です。審査に通らなかった人が何万人もいます。

富裕層:「資産価値」の実績がある車しか選ばない

一方、月収10万バーツ以上の自営業者・経営者層の動きはまったく異なります。

タイでは車を「資産」として捉える文化が根強いです。ただしその神話は、インラック政権時代のファーストカー制度による中古市場の値崩れで一度大きく傷つきました。その経験があるからこそ、今の富裕層はリセールバリューの実績がある車しか選びません。

中国EVのリセールバリューはまだ不透明です。ブランド撤退リスク、バッテリー劣化、修理網の不安定さ。富裕層はそのリスクを冷静に嫌います。結果としてメルセデス・ベンツ、BMWといった欧州ブランド、値崩れしにくい実績のある日本車、そして同じEVを選ぶならテスラに需要が集中しています。

この二つの層は、もはや同じ市場を見ていません。

日本企業の提案書がタイ人バイヤーに3分で閉じられる理由

「日本製」は理由にならない

4年ほど前、あるスキンケア製品メーカーの販路開拓を支援したことがあります。日本製、品質は本物、価格帯は国内大手ブランド並み。担当者は「日本製というだけでタイでは売れる」と本気で信じていました。

結果は惨敗でした。

理由は三つ。ブランドストーリーがない。タイ人が最も反応する「美白効果」を前面に出していない。そして価格を正当化できる「なぜこの値段なのか」の説明がない。タイのバイヤーは「日本製」という事実に興味がないわけではありません。ただそれは出発点であって、理由にはなりません。国内大手ブランドと同じ値段を払うなら、そのブランドを買う。それだけの話です。

タイ人バイヤーが本当に聞きたいこと

大半の日本企業の提案書は、こういう構成になっています。「弊社製品は高品質です」「ISO取得済みです」「耐久性が優れています」「日本製です」。

これをタイのバイヤーに見せると、3分で閉じられます。悪意があるわけではありません。単純に「それで、いくらで、何がどう変わるのか」が書いていないからです。

タイのB2Bバイヤーは品質を疑っていません。疑っているのは「本当にうちの現場で使えるのか」「誰がサポートしてくれるのか」「問題が起きたとき誰が責任を取るのか」です。品質は前提条件であって、差別化要因ではありません。

また、決裁者と窓口担当者は別の懸念を持っています。窓口担当者が気にするのは「上司への説明のしやすさ」、つまり採用後に問題が起きたとき自分が責任を取らされないかどうかです。決裁者が気にするのは「中国製と比べてなぜ高いのか、その差額分の価値を数字で説明できるか」です。日本企業の提案書は、この両者に対して何も答えていないことが多いです。

「価格」を下げることで競争しようとした日本企業を、私は何社も見てきました。結果は一つです。中国メーカーとのコスト競争に引きずり込まれ、利益が消え、最終的に撤退します。価格競争に勝てない構造は最初からわかっています。だとすれば、価格以外で勝てる土俵を最初から設計しなければなりません。

現地18年の人間が見る「2026年に生き残る企業」の共通点

ローカライズを「翻訳」と勘違いしていない

タイで生き残っている日系企業には、共通点があります。ローカライズを「日本語の直訳」だと思っていないことです。

ある日系スキンケアブランドがタイ市場に入るとき、現地を徹底的に調査しました。タイ人が何に反応するかを調べ、価格帯を現地の購買力に合わせ、「美白効果」を全面に押し出したマーケティングを展開しました。結果、タイ市場で爆発的に売れました。

日本で売れた理由をそのままタイに持ち込まなかった。それだけのことです。しかしこれができている日本企業が、驚くほど少ないです。

タイの一次情報を取れる人間が現地にいるか

もう一つの共通点は「現地に判断できる人間がいる」ことです。

BIMS 2026の予約数を見て「タイEV市場は熱い、今すぐ動け」と判断するのか、「予約の裏にあるローン審査の実態と家計債務の状況を踏まえると、実需はこの数字の半分以下だ」と読むのか。この差が、2〜3年後の結果を分けます。

肩書きや雇用形態の問題ではありません。タイの現場にどれだけ深く入り込んでいるか、それだけの話です。

おわりに:タイの一次情報を、自社で取れていますか?

BIMS 2026の予約数13万台という数字を「EV市場の活況」として読むか、「ローン審査の壁の前に積み上がった潜在需要」として読むか。その解釈の差が、次の一手を決定的に変えます。

K字型分断が進むタイ市場で、サラリーマン層向けと富裕層向けでは打ち手がまったく異なります。「日本製」というだけで売れる時代はとっくに終わっています。「価格」に逃げた瞬間に、中国メーカーとのコスト競争という出口のない戦いが始まります。

問題は一つです。タイの一次情報を自社で取れていますか?

ニュースの数字は誰でも読めます。しかし、ガソリン価格の急騰がタイのサラリーマン層の購買行動をどう変えたか、バイヤーの「いいですね」の本音がどこにあるか、モーターショーの予約数字の裏に何があるか——これはタイの現場に深く入り込んでいる人間にしか見えない景色です。

その情報を取る手段が社内にないまま、タイでの営業・調達・マーケティングを動かしていないか。そこが、生き残る企業と撤退する企業の分岐点になっています。

タイ進出を検討中、あるいはタイでの営業・マーケティング戦略で行き詰まっているなら、一度WITHTHAIにご相談ください。現地18年の一次情報をもとにした戦略レポートの作成、社内向け講習・研修も承っています。

参考資料

  1. Bangkok Post「Auto loan rejections could hit 40%」 https://www.bangkokpost.com/business/general/2803036/auto-loan-rejections-could-hit-40-
  1. Bangkok Post「Shoring up the auto sector」 https://www.bangkokpost.com/business/motoring/2966816/shoring-up-the-auto-sector
  1. just-auto.com「Thailand vehicle sales continued to decline in January」 https://www.just-auto.com/newsletters/thailand-vehicle-sales-continued-to-decline-in-january
  1. Motorist Singapore「BYD Thailand took 17,354 bookings at BIMS 2026 versus Toyota Thailand’s 15,750 bookings」 https://www.motorist.sg/article/5699/byd-thailand-took-17-354-bookings-at-bims-2026-versus-toyota-thailand-s-15-750-bookings
  1. Nation Thailand「Motor Show bookings hit record high, reaching 21% of annual target」 https://www.nationthailand.com/business/automobile/40064727
  1. Xinhua「Chinese EVs under spotlight at Bangkok motor show amid global fuel shock」 https://english.news.cn/20260406/9f2817b9e9d74b12ba7ff40bd4b9fcdf/c.html

長谷川舞美|タイ貿易×海外販路×インバウンド戦略支援

タイ在住18年・大手総合商社出身。中小企業のタイ進出と訪日インバウンド支援を行うマーケター。

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